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最高裁判所第二小法廷 昭和54年(オ)150号 判決

上告人 財団法人新潟血液銀行

被上告人 国

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人高橋勝の上告理由第一及び第三について

保存血液の供給体制をどのように編成するかは、それが法令によつて与えられた権限の範囲内で行われる限り、行成目的達成のための合理的手段の選択という見地から所管の行政官庁がその裁量によつて決定し、実施すべき事柄であるところ、本件許可の遅延の原因となつた保存血液供給体制に関する国の政策転換が右裁量権の範囲内に属する適法なものであるとした原審の判断は正当として是認することができる。所論違憲の主張は、その実質において右政策転換の違法を主張するに帰するものというべきである。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

同第二について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができないものではなく、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判官 宮崎梧一 栗本一夫 木下忠良 鹽野宜慶 大橋進)

上告理由

第一原判決は法令違反の不法がある。

一 原判決は採血業の許可申請に対する調査事項そのものはそれ程複雑多岐にわたるものではないと推認でき、本件申請の審査も、新規の申請に比較して容易であつたであろうことも推認できるから、本件申請は、民間血液銀行の平均審査期間をはるかに超えてなされたものであるとしている。それにも拘らず、原判決本件申請には、右のような長期間を必要とする特別の事情が存在するから、昭和四一年一二月七日まで許可しなかつたことに違法はないとしている。

二 しかし原判決のかような解釈は採血及び供血あつせん業取締法第四条に違反するものといわなければならない。

(一) 法四条にもとづく採血業の許可申請にあつては、基本的には厚生大臣(厚生省係官)は申請に係る採血施設に対し法四条二項各号の除外事由があるか否かを検討し、これにあたらなければ許可を与えるべきものであり、法律上必要な審査は以上の審査を中心とすべきである。そしてこのことは社会状勢や血液行政の変遷のなかにあつても変るものではない。

(二) 本件許可申請のなされた当時、既に「献血の推進について」と題する昭和三九年八月二一日の閣議決定がなされ、それに伴なう行政の転換期を迎えていた状況の下にあつては、右閣議決定にもとづく行政そのものの適法性及び相当性の有無を検討し、適法及び相当と判断したうえで本件許可の遅延が違法なりや否やを認定すべきである。しかるに原判決は右行政そのものの適法性及び相当性の有無を検討することなく、前記のとおり判示したものである。

(三) 右行政そのものが違法であり、不当であることは次の点から明らかである。

〈1〉 昭和三九年八月二一日献血推進に関する閣議決定以前の国の血液行政は、輸血用血液の供給が主食糧の供給と同様に国民の生命を維持するために不可欠のものであるという点を軽視したうえ、もつぱら医薬品としての保存血液という視角から推進し行政事務の内容は主に許認可に傾けられておつた。

更に血液需要に関する行政事務を担当する官庁たる厚生省薬務局細菌製剤課(以下当局という)にあつては、わずか二名の職員が他の事務を兼務しながらその業務を担当していたにすぎなかつた関係上採血業者の実態把握、血液需要量の計画、供血者の健康管理、常習売血者に対する民生対策、輸血後の血清肝炎続発防止対策の研究など放置されたばかりか、血液の地域需給についても都道府県に一切これを任かせてきたものであり、たとえば当局が昭和三二年三月、日本血液銀行協会に対して提示した預血返血方式による血液銀行運営指導に関して右協会が右方式実現のための行政上必要な措置として当局に要望した諸点についてさえも、血液手形交換制度の具体策のほかは画餠に等しいままこれを放置せざるをえないという状態を掲げることができる。

〈2〉 而して、東京、横浜、名古屋、大阪、神戸、福岡等の大都市の底辺にあえぐ貧困階層の人々を常習売血の対象群とする株式会社組織の商業血液銀行等による無責任な頻回採血と、右採血によつて年々需要の増大する保存血液の八一・四パーセントを賄なうという社会病理現象が永らく放置せられ、ために黄色い血液ないし血清肝炎の異常多発として社会問題とされるに至つた。

〈3〉 他方、当局における前記の組織現状及び行政姿勢からすれば、右現象等は遅くとも昭和三三年頃より予測されておつたものであつて、これらの現象等を黙視してきた当局の態度はまさに無責任であり、不見識でもあつた。

〈4〉 ところで右現象を除去し、国民の国民による国民のための保存血液供給を実現するためには、いかなる方策をとるべきかについて以下検討する。

〈イ〉 黄色い血液や血清肝炎の弊害の真因を買血の方式によるという主張は、科学的、医学的根拠によらない単なる仮説にすぎない。

〈ロ〉 献血制度の実態は献血を通じて結果的に買血と何等異ならない血液の調達が行なわれているものであるに止らず、国民の善意に行政の基盤をおく、いわば行政不在のものと評価しなければならない。

〈ハ〉 法は採血事業の経営主体や採血方式について全く自由な形態を選択しうることを前提として法制化されており、右法制化の下において過去一〇余年にわたり当局の要望による預血返血方式推進のために尽力した上告人など公益法人の血液銀行が存在していたに止らず、右血液銀行にあつては、充実した施設人員と多年の貴重な経験が認められ、かつ上告人にあつては、良心的な経営を行ない、採血及び保存血液の製造に関する法令を厳守し、頻回採血をチエツクすることに意を用いてきたものであり、その製品が優良である。

〈ニ〉 前記閣議決定当時にあつては、血液供給について充実した施設人員と多年の貴重な経験を有する者は既存の血液銀行のみであり、反面、日赤の血液事業の運営体制はきわめて貧困で献血の受け入れ及び供給体制はもとより、保存血液の製造、管理、技術面のあらゆる方面にわたり人的にも物的にも不十分であつた。

〈ホ〉 また当時、大都市における売血常習者群によつて歪められていた買血制度については、生活の貧困がもたらす社会病理現象であるとともに社会保障制度の底の浅さ、あるいは国民医療の不在からくる現象であるという認識に立つて、歪められた原因を探究してゆこうとする姿勢が当局になかつたことであり、また歪められたままこれを放置し黙認してきた当局の血液行政における無責任が指摘できる。

〈ヘ〉 以上の〈イ〉ないし〈ホ〉からすれば、当局と日本血液銀行協会間において昭和三二年に行なわれたところの指導ないし回答に示された諸点に従つて、「預血返血方式」という従来の方式を充実させながらも、当局と既存血液銀行が一体となつて良心的な経営を行ない、かつ採血及び保存血液の製造に関する法令を厳守し、頻回採血をチエツクするという途こそ、国民の、国民による、国民のための保存血液供給体制といわざるをえない。

〈5〉 しかるに国は、昭和三九年当時、輸血用血液の問題につき、国会における野党の問責的質問と、これに呼応して一部のマスコミによる興味本位の攻撃的記事などに刺激され、急拠「献血の推進」に関する閣議決定をなす一方、当局も既往の採血機関の一部における欠陥を、外部から誇大に宣伝され、これらの機関のすべてが、悪質な売春業者にも勝る吸血機関のような誹謗を浴びせられるや、これらに脅やかされて狼狽のあまり過去一〇年来の預血返血方式の指導を放棄し、上告人ら公益法人の血液銀行を、一朝にして、主体的地位から追放し、当時、献血受入れ及び供給体制の一面において極めて貧困な日本赤十字社を一夜潰けの血液供給の中軸的存在に仕上げるという、痴夢に等しい政策転換を行つたうえに、法的権限にもとづかないで既存の民間採血機関の業務を著しく拘束制限し、かつ、これら機関の諸施設をなんらの補償もなく無用に近いものたらしめる不当及び不法なる差別行政を継続的かつ拡大的に行つてきたものであり、ために民間血液銀行の殆んどが今日、保存血液の採血及び製造業務の停止又は廃止を決断せざるをえない破局の事態に追い込まれるに至つた。

要するに、当局は一片の前記閣議決定の趣旨を「採血方式を献血一本にするため、献血による採血を専ら日赤及び地方公共団体にのみ之を行わせ之を強力に援助することにより、民間採血事業主体の経営を困難ならしめて、預血、売血を排除するもの」として悪解したうえで、預血、売血の採血業者の経営が出来ない様な前記差別行政を行つてきたものであるから「法律にもとづく行政の原則」に違反したものである。

(四) 以上によつて明らかな通り、前記閣議決定に基づく当局の行政そのもの自体が不当かつ不法であるから、本件申請の審査ならびにその許可が遅延し、従つて違法性を充足するか否かを検討するにあたり、行政の転換及びそれに伴う行政方針の方向付けのプロセスに要する期間を考慮することは法四条、国家賠償法一条に違反するものであり、原判決はこの点において法令違反の不法がある。

第二<略>

第三原判決は憲法違反の不法がある。

厚生省は法律上の根拠がないのに、これを優先させて何ら合理性も一貫性もない行政指導をなし、しかも徒らにこれを変更して本件許可を著しく遅延させる一方、他方において日赤ないし地方公共団体の血液センターに対しては、その申請に種々の不備があるにもかかわらず、極めて短期間に審査しかつ許可を与えている。厚生省がかような態度をとつた真の意図は前記閣議決定を前記のとおり悪解し、右決定以来日赤に対して血液事業についての独占的地位を確立させる一方、前記のとおり上告人ら民間血液銀行を日赤や地方公共団体と差別しその業務の抑圧を図ろうとした政治的意図によるものであつて、右差別行政は法の下の平等(憲法一四条)職業選択の自由(同二二条)、財産権の保障(同二九条)に違反するものである。

しかるに原判決は仮りに差別が生じたとしても合理的なものであるとしているが、それは憲法の右条項に違反する不法なものである。

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